日本の伝統色の意味と由来 襲色目を愉しむ着物の天然染料と化学染料とは

染め

日本の伝統色は、
自然と深くかかわって生活してきた、
日本人の繊細な美的感覚が生み出したもので、
その伝統色の活かし方も知っています。
着物こそがその色合いを表現するのに、
とても相応しいキャンバスなのです。

  

日本の伝統色の意味と由来

着物に使われている色は、優しい独特の味わいを持っています。

それが赤や青、黄色、緑、紫などのインパクトのある色彩だったとしても、
色調は穏やかで落ち着いた雰囲気があります。

洋服に用いられるような強い原色を、
そのまま着物の地色や帯に使うことはほとんどありません。

着物には着物ならではの色があり、それが昔から伝わる日本の伝統色です。

色を選ぶとき、色の来歴やイメージを大切にすると、
着物の楽しみが広がります。

着物には落ち着いた優しい日本の色が似合います。

時代とともに『日本の色』は変化してきました。

日本の伝統的な色は、
時代によっていくつかに大別することができます。

まず、
古代の飛鳥時代から平安時代までの古代色。

このうち、
飛鳥・奈良時代の色は中国や朝鮮の華やかな色彩文化の影響を受け、
一方、
平穏で優雅な暮らしを楽しんでいた平安時代は、
微妙な中間色に特徴があります。

着物の基本色である紫、紅、藍、黄、緑などは、
既にこの時代にあり、それらの多くは自然界の美しい彩りを身に着けたいと、
古に人々が染め出したものです。

これらに対して、江戸時代に生まれた近代色は、
粋な庶民の暮らしぶりを反映したものが主流でした。

たとえば、
江戸時代は茶色や鼠色が大流行して、
芝翫茶や路考茶のように歌舞伎役者にちなんだ色や、
茶道の普及から、
利休茶や利休鼠と名付けられたものなどが現れました。

このように、
日本の伝統色は時代とともに新しい色を加えて、
現代に受け継がれてきたのです。

色彩の美しさだけでなく、色名に味わいがあり、
実際の色を見なくても、
日本人なら色名を聞いただけで想像できるものがたくさんあります。

こうした色名は、中国から伝わったものや、
染料や技法をそのまま色名にしたもの、
身近な植物や動物から取ったもの、人名、地名、
食べ物に基づくものなど様々です。

四季の移ろいを色で表現した平安時代

長い日本の歴史の中で、
平安時代ほどおしゃれに関心の強かった時代はなかったと思います。

そのファッションリーダーは貴族です。

この時代の服装美は、生地の模様ではなく、一枚の衣の表と裏、
あるいは衣を重ねた時の配色のよって表現されました。

王朝の人々の衣服といえば、十二単に代表されるような、
重ね着が基本でしたので、衣装を組み合わせるときの配色は、
とても重要なことだったのです。

これを『襲色目(かさねのいろめ)』といい、
平安時代以降、多くの人が研究を重ねてきました。

たとえば、
春は新緑を思わせる配色が美しく、組み合わされる色は、
深い緑、薄い緑、濃い緑と多様で、
王朝人はこの配色を『柳襲(やなぎがさね)』という言葉で表していました。

そのほか、
初夏は杜若(かきつばた)の紫の花の色と葉の緑を組み合わせた、
『杜若襲(かきつばたがさね)』

夏は百合の花の赤と黄色の『百合襲』
秋は様々な紅葉を想像させる『紅葉襲』
冬は白と銀の『氷襲』など、
色彩感覚と色を連想させるネーミングセンスが素晴らしかったのです。

現代に着物の装いの中でこうした『襲色』を楽しむとしたら、
着物の表地と、着物の裏地(八掛)や
着物と半衿の色合わせなどに活用できます。

天然染料と化学染料 どちらも大切

さて、
着物は明治時代以前は草木をはじめとする自然界の染料で染められていました。

明治時代にヨーロッパから化学染料がもたらされると、
さまざまな色が手軽に得られるようになり、
染めの世界は一変しました。

昔ながらの染に対しては、化学染料によるものと区別するために、
『草木染』という言葉が産まれました。

媒染剤についても、明治時代以前は灰汁・明礬・酢・石灰などの、
自然のものを用いていましたが、
化学染料の導入とともに、
草木染の媒染剤にもクロムや銅が使われるようになったのです。

現在、着物の染色は化学染料を用いることがほとんどですが、
天然染料で染めた微妙な奥行きのある色に近づける努力がされています。

その一方で、昔ながらの日本の色にこだわり、
当時の技法を追及している染色家もおられます。

どちらも日本の伝統色を大切に思う気持ちに変わりはありません。

あとがき

自然の恵みから得た色合いを、
自然が生み出した素材に染める、
ごく自然なことだけれども、
今最も贅沢なコラボレーションですね!