手描き染めの着物を染める技法にはいくつもの方法があります。
一珍染め・濡れ描き・墨描き・写し描き・疋田糊置き・ぼかし染め
蒔糊・臈纈(ろうけち)・蠟たたき
どれも古くからある伝統的な素晴らしい技法です。
手描き染めの技法とは
手描き染めとは、機械染めや型染めと違い、
筆や刷毛に色料を付けて模様を描くこと、
あるいは、描き染めたものをいいます。
手描き友禅、手描き更紗、泥描きなどがあり、
手描き特有の素朴さ、
または、複雑微妙な変化を表すことができます。
中世以降、高級品と土俗的なものとに分かれました。
一珍染め
一珍染めは、一珍糊を使って染める技法です。
一珍糊は、糯米(もちごめ)を主にした友禅に対して、
小麦粉と布海苔が主な材料です。
小麦粉やうどん粉を主原料にした澱粉に、
石灰を混ぜたものを用いて染めます。
糊の材料に小麦粉を使う方法は、
室町時代から行われていました。
一珍糊の特徴は糊置きして染めた後、
へらでかき落として糊をとります。
そのため、水洗(すいせん)をしなくてもよいことで、
掻き落とし糊ともいわれ、
乾燥するとひびができやすいことが特徴です。
このひび割れを持ち味として、むら染め風に仕上げたり、
手描き友禅と同じ手法で絵柄を描いた染めを一珍染めと言います。
狩野探幽の高弟・久隅守影(ひさずみもりかげ)は号を『一珍』といい、
その弟子が宮崎友禅斎であったという説もあります。
このように、
一珍染めは友禅糊の創案以前からあった技法で、
古代友禅とも呼ばれます。
濡れ描き(無線友禅)
白生地に絵筆で直接描く濡れ描きは、
水彩画のような味わいがあります。
濡れ描きをする布には、まず『地入れ』と言って豆汁(大豆の汁)や、
布海苔を水で溶いたものを刷毛で塗り、
染料が滲み過ぎないように生地を整えます。
その生地の上に水分を補いながら、筆で絵を描くと、
淡く滲んだぼかし模様が生まれます。
これを何度も繰り返して色を重ね、
深い色合いと微妙なぼかしを表現します。
模様には草花が多く、ふんわりした華やかさが身上で、
訪問着や付け下げに見られます。
墨描き
きものや帯に墨絵を描くのが墨描きです。
直接布に絵を描くこの方法は、友禅染よりはるかに古くからあり、
尾形光琳の『白綾地秋草文様小袖(冬木小袖)』(重要文化財)は、
墨と色彩を使った描絵小袖です。
布の滲みを防ぎ墨色を定着させるために、墨に糊を混ぜ合わせます。
糊は、昔ながらの布海苔や呉汁、化学糊など、人によって様々ですが、
水墨画の特徴である濃淡を生かすように、糊を薄めに入れて描きます。
ほかの手描きの技法にも共通することですが、
とくに作家の画家としての感性が直接表れる技法です。
写し描き
糊に染料を混ぜ合わせる技法は、明治時代に開発されて、
型友禅をはじめ染色技術に大きな進歩をもたらしました。
この糊を色糊または写し糊と言い、
これを使って筆や筒で描く技法もまた写し糊と言います。
写し糊は防染と染着を同時に行うのが特徴で、
糸目がないことから無線友禅とも呼ばれます。
糊の材料は糯米の粉と糠(ぬか)と塩に水を加えたもの(友禅糊)、
または化学糊を適度に薄めて使い、
糸目糊より堅く練って、染料を加えます。
一般的に筆を使って描いた写し糊のきものは油絵や俳画タッチのものが多く、
筒描きは抽象的な模様や点描に用いられます。
疋田糊置き
友禅染には、絞りと見まがうような模様が入っていることがあります。
絞り染めの疋田鹿の子の粒を手で描いて染めたもの、
これを『疋田糊置き(ひったのりおき)』または『描き疋田』といい、
江戸時代には『糊疋田』ともいわれました。
疋田糊置きは、筒に入れた糊を同じ細かさでびっしりと置いてから染めます。
糊を置いた部分が小さい点となって白く残り、
この部分が疋田絞りのような効果を生み出すのです。
絞りのような立体感はありませんが、配置は自由自在です。
真四角や真ん丸では型染のようで趣がありませんから、
疋田絞りに見えるように、糊置きの形に工夫を凝らします。
まさに職人の熟練した腕が必要とされる技法です。
疋田糊置きは、留袖、振袖、訪問着などのきものや、
上等な染め帯などに用いて華やかさを演出します。
型染の疋田絞り風もあり、こちらは『摺り疋田』と呼ばれます。
模様の空間を部分的に埋めるときに便利です。
ぼかし染め
薄い色から濃い色、濃い色から薄い色にしだいにぼかして染める技法は、
非常に古くからあります。
平安時代の物語には、
『裾濃(すそご)』『朧』『斑濃(むらご)』といった言葉が多く見られますが、
これらはぼかしの技法です。
裾濃は裾を濃く、上を淡く染めるぼかしのことで、朧はその逆の染め方、
斑濃は、きもののところどころをぼかす染め方です。
また、正倉院にも見える織りのきっぱりとした横段模様を、
『暈繝(うんげん)』といいますが、
ぼかし染めにして優しい雰囲気に仕上げたものも暈繝と呼んでいます。
平安の王朝文化の中で多様化し、花開いたぼかし染めは、
やさしく典雅な趣があり、
今も訪問着をはじめ、長襦袢や裾回しなどに多く用いられています。
蒔糊
蒔糊(まきのり)は、
乾燥させて小さく砕いた糊の粉を生地に蒔き、防染して染める方法です。
糊は糯米糊を竹の皮に薄くのばして張り、寒中によく乾燥させ、
細かく揉み砕いて作ります。
この細かい糊を濡らした布の上に、一つひとつ手で並べて付着させ、
その上から地染めをします。
すると、糊を置いたところが白く抜けて、粉雪のように染め上がり、
風情のある染になります。
色蒔糊の場合は、
糊に染料を混ぜて作業をするという点だけが違います。
友禅染の振袖や色留袖、訪問着の背景によく使われ、
趣のある華やかさを醸し出す技法です。
臈纈(ろうけち)・蠟たたき
臈纈染めは、蠟で防染し、模様を表わす染色技法です。
蠟は友禅糊より防染力が弱いので、
微妙なかすれやにじみ、ひび割れができ、それが独特の魅力になる技法です。
臈纈染めの発祥はインドで、中国を経由して日本に伝来し、
奈良時代には盛んに行われていましたが、その後衰退し、
明治時代になって再び始められました。
臈纈染めは蠟を筆で置きますが、
蠟たたきは、熱した蠟を刷毛でたたいて布に蒔いて防染し、
何度もこれを繰り返して蒔糊のような効果を出します。
蒔糊の粒は鋭角的ですが、蠟たたきは粒を丸く落とします。
堰だし(せきだし)友禅
糊や蠟を使って堤防のような囲いをつくり防染する方法で、
地色と模様の色、模様と模様を区別するために囲いをつくり、
染料が流れるのを防ぎます。
細い糸目糊を使う糸目友禅に比べて、模様のまわりを囲むため、
大胆な模様に向いています。
あとがき
日本が世界に誇る民族衣装である“きもの”は、
伝統的なたくさんの『技』の結集によってつくられています。
昔の人はこれほどいろいろな技を、
試行錯誤を繰り返しながら作っていたのだと思うと、
そうとうな根気と情熱がないとできませんね。