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織り

銘仙はアンティーク着物のオークションや通販で大人気!柄の特徴と歴史

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銘仙の着物は、
斬新で大胆な柄や色遣いが特徴で、
今やアンティーク着物のオークションや、
通販サイトでもとても人気があります。

銘仙のアンティーク着物が、
なぜそれほど人気なのか、
それは銘仙の着物の、
大胆な柄や色遣いと言った特徴が要因しています。

銘仙の柄の特徴とともに、
銘仙が出来上がるに至った
銘仙の運命とも云うべき歴史をご紹介します。

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銘仙とはどんな着物でその名前の由来は?

銘仙とはどんな着物

銘仙とは、葛繭や玉繭から採れる太い糸を緯糸に用いた、
先染めで丈夫な平織の太織りと言われる絹織物です。

太織というのは、熨斗糸と呼ばれる太い糸を緯糸に使った織物で、
良質の生糸を採った後の屑繭から造られる、
固くて太さが一様でない質の悪い糸が熨斗糸と言われていました。

当時の太織りは、養蚕農家の人々が自家用に造っていたもので、
茶地紺縞や茶紺地鼠縞などの地味な色柄で、
それが大衆着として普及していきました。

銘仙の名前の由来

十八世紀末に書かれた『天明版絹布重宝記』という書物に、
銘仙についての記述があります。

銘仙(めいせん)は『天明版絹布重宝記』に、
「目千」や「目専」という表現で書かれています。

「目千」は経糸の本数が多くて緻密な織物だったことに由来するもので、
もう一つの名前「目専」については、
「即ち織目の堅牢を専一とし、
外観の美を行わざる実用向きの義より出でたる語なるものの如し。」
と『天明版絹布重宝記』に記されています。

『織目の堅牢を専一とし』つまり、
丈夫な布であることが一番の目的で、
見た目の美しさよりも実用的な布とされたことから、
「目専」と呼ばれていました。

銘仙の産地と特徴

銘仙の産地

関東地方の銘仙の産地としては、
足利、桐生、伊勢崎、秩父、八王子が5大産地とされていて、
それぞれ特徴のある柄が生産されています。

秩父地方は昔から養蚕で生計を立てていて、
江戸時代には絹織物が盛んになり、
秩父で織られる丈夫な太織「鬼秩父」は江戸の町で評判になりました。

足利銘仙の特徴は、鮮明度の高い質感を誇り、
伊勢崎銘仙特徴は、大きな草花模様や絣柄を得意としています。

桐生銘仙の特徴は、絣柄と小柄が特徴で、
秩父銘仙の特徴は、玉虫色に光る質感と縞模様が有名です。

また、八王子銘仙は、変わり織りが得意という特徴があります。

これらのデザインは、
今見ても古さを感じさせないほどですから、
当時としては、
画期的な奇抜で斬新な“柄デザイン”だったと思われます。

こういったデザインは、多くの図案家の台頭により実現され、
当時、社会進出をはかろうとする女性の“お洒落心”や、
“柄への興味、共感”をひきつけたといわれています。

秩父銘仙の特徴『ほぐし捺染』とは

明治時代以前の銘仙は、縞柄が主流でした。

大正中期に『解し織(ほぐしおり)』という技法が考案され、
柄の種類が豊富になっていきました。

銘仙の特徴である「解し織」は、
ほぐし捺染というものです。

解し織りは経糸を並べて、ずれないように仮織りし、
その経糸に柄を型染めした後、
仮織りした緯糸を抜きほぐしながら、
ふたたび緯糸を通して本織りしたものです。

たて糸に型染(捺染)をしてから(ほぐして)よこ糸を織る、
この解し織の技術によって、
多色使いでより複雑な図柄の生地を生産できるようになりました。

銘仙は裏表のない生地になり、
糸のズレによって、柄の輪郭が柔らかく、
かすんだように見える「絣(かすり)」が特徴です。

ほぐし織で織られた秩父銘仙は、
その大胆な色柄がもてはやされ大流行し、
大正から昭和初期に一番輝いていた織物です。

秩父銘仙は、独特のほぐし捺染の技術を特許化し、
平成25年に国の伝統的工芸品に指定されました。

銘仙の歴史

銘仙の産地 伊勢崎、秩父、桐生の歴史は古く、
そこで織られてきた織物の歴史にたどり着きます。

伊勢崎の織物の歴史は、天照大神、
秩父の織物の歴史は、第十代崇神天皇、
桐生の織物の歴史は、
第四十七代淳仁天皇の時代にまで遡ると言われています。

伊勢崎、秩父、桐生の織物の歴史は伝説として語り継がれていて、
織物の産地それぞれに古い歴史を背負っているのです。

長い年月を掛けて創られてきた、
伊勢崎、桐生、秩父地方の織物ですが、
当時は「目千」や「目専」と書かれていて、
『銘仙』と書き表すようになったのは明治以降のことなのです。

ですから今、私たちが目にしている銘仙が、
いつの時代にできたのかは良くわかっていませんし、
当時の目専や目千も、伊勢崎、秩父地方の実用的な織物として、
今の銘仙とは少々違う織物だったようです。

秩父地方の織物「目専」が注目されたのは、
1839年の天保の改革以降のことです。

水野忠邦による『天保の改革』では、
厳しい倹約令が出され、
人々は質素なきものを着ることを余儀なくされたのです。

目専は質素な着物の素材として注目され、
江戸で大流行しました。

目専は、熨斗糸(くず繭の糸)で織られているにも関らず、
もてはやされたのは、天保の改革という時代の要請もあったのですが、
伊勢崎、秩父の織物の高度な織物技術によるところが大きかったのです。

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明治に入ると秩父地方では、縞柄の織物が織られるようになり、
目専は銘仙と呼ばれるようになっていきました。

銘仙には、糸も熨斗糸や玉糸ではなく、
細玉糸や紡績糸が用いられるようになりました。
 
大正に入ると絣柄の絣銘仙が創られるようになり、
大正中期には「ほぐし織」という 銘仙独特の技法が開発され、
いわゆる銘仙柄が確立していったのです。
 
大正時代になると、和装にも西洋風の波が押し寄せ、
洋花やアルファベットなどを描いた友禅も創られるようになりました。

伊勢崎でも銘仙独特の技法で、
西洋の大胆な柄や鮮やかな色彩が取り入れられるようになり、
模様銘仙として大流行したのです。
 
模様銘仙は、昭和初期には普段着やおしゃれ着として着られるようになり、
絶頂期を迎えました。

昭和六年当時の資料によると、
「明治三十九年頃に於ける伊勢崎銘仙の産額は、
四~五百萬圓前後にて、主に夏物のみなりしが、
現時に於いては四季用の柄物を併せ産し、
年額三千五百萬圓乃至四千萬圓の巨額に激増するに至れり。」
という記述が残されています。

伊勢崎の銘仙生産高が、昭和五年には455万反を記録しているように、
その当時、どれほど銘仙がもてはやされたかがよくわかります。

戦前戦後を経験した人にとって銘仙という着物は、
懐かしく思われる生活着だったことでしょう。

しかし、昭和三十年頃からウールが着尺地として普及し、
普段着としての銘仙に取って代わってしまい、
次第に銘仙は廃れ、昭和四十年頃にはすっかり姿を消してしまいました。

そして、生活様式の西洋化などの影響で、
日本人の和装離れも著しく、
銘仙だけではなくウールの着物も、
普段着としての役割を、洋服に取って代わられてしまったのです。

銘仙の着物はアンティークきものとして古着市場に

最近、若い女性の間で着物が見直されようとしています。

もちろん、着物という衣服は機能性において、
現代の生活様式に適しているとは言えませんが、
着物というファッションの持つ表現力や、
豊かなデザイン性に気づいたのでしょうか。

銘仙の着物は復古版デザインとしても人気があります。

大正時代の女学生スタイルとしてイメージされる矢羽根絣も、
銘仙独特の柄といえます。

古着市場でも、大胆で大正ロマンを感じさせる柄が若者に受け、
銘仙が話題になり、飛ぶように取引されているのです。

銘仙の復刻と復活

銘仙と言えば、数十年前、実家の古い箪笥の奥に、
樟脳の臭いがする風呂敷に包まれた着物がありました。

祖母から受け継いだ母のその着物は、
驚くほど大胆な柄で、鮮やかな色使いのものでした。

母が言うには、
『今どき銘仙を着ている人も少なくなって、
普段に着物を着ることもなくなったから・・・』
ということでしまい込んであったのです。

大正時代から昭和にかけて、祖母が若かった頃はきっと、
日々の暮らしを着物で過ごしていた時代ですから、
毎日が銘仙などの紬を着ていたことと思います。

祖母が元気なころは、銘仙の着物をほどいて、
赤ん坊を背負うときの「ねんねこ」や、
冬、寒いときに着る「ちゃんちゃんこ」などを作ってくれました。

物を大切にする日本人は、散々着古した銘仙の着物も、
ほどいて洗い、いろいろなものに作り直して活用していたのです。

しかし、日本が高度成長の中、生活はどんどん西洋化され、
「ねんねこ」や「ちゃんちゃんこ」には振り向かなくなり、
着なくなった着物も作り変える事さえなくなって行ったのです。

着なくなった銘仙の着物は古着となって、
処分されたのか、誰かに貰ってもらったのか、
ほとんどが姿を消してしまい、
箪笥の奥底に秘かにあった銘仙の着物は、
きっと母も着たかったからこそ残していたようです。

そんな多少派手目で斬新な柄の銘仙が、
最近の若い人達の間でブームとなっているのです。

大胆な色柄が若い人の目に止まったのかも知れませんが、
銘仙の流行が、
普段着のきものの復活に繋がればよいと思います。




あとがき

明治の末から大正末期、そして昭和を描いた朝ドラなどで、
銘仙の着物をたくさん見ることができます。

大正ロマンと言われるそれらの色や柄は、
「おしとやかな着物姿」というよりは、
女性の心の移り変わりを表現してくれる代弁者です。

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