蒸し暑い日本の夏に涼を呼ぶ素材として、
麻があります。
麻は、江戸時代に木綿が一般的になるまでは、
夏冬を問わず庶民が着ていた素材です。
着物に用いられる麻は、洋服素材の麻(亜麻・リネン)と違って、
ほとんどが苧麻(からむし・ラミー)です。
苧麻は天然繊維の中で最も強く、
絹のような光沢をもった植物繊維です。
この麻を用いた平織りの布は、
古来、献上布だったものが多かったので、上布と呼ばれています。
麻を用いた盛夏(7月8月)のきものの中で、
伝統的な手仕事による『越後上布』は、重要無形文化財に指定されています。
盛夏に着る麻の着物の種類で、
越後上布や小千谷縮、からむし織、宮古上布、八重山上布の、
特徴についてまとめました。
越後上布(新潟)
越後の小千谷、塩沢、六日町は、
古くから麻織物の産地でした。
現在は、紬の産地としても有名ですが、
糸括り(絣括り)や織りの技法は、麻織物の技法が基本になっていると言われます。
越後上布は、十世紀にすでに献上布としての記録が見られ、
江戸時代には武士の正式礼装の裃として用いられていました。
越後上布には伝統的技法による重要無形文化財の指定を受けたものと、
輸入のラミー糸を使って高機で織ったものがあります。
重要無形文化財の越後上布は、苧麻の産地、福島県昭和村から青苧を買い入れ、
苧績(おうみ)を行うことから始まります。
そのあと、いくつもの工程を経て居坐機で織り、
織りあがった布を雪の上に広げて白く晒します。
この雪晒しの伝統から白地が多く、
縞柄は高級なお洒落着に、白生地は茶屋辻や絵羽模様を染めて、
夏の装いにします。
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小千谷縮(新潟)
シボがあり、シャリ感があって涼しい小千谷縮は、
緯糸に強く撚りをかけて織った麻縮です。
平織りの上布だけだった江戸時代に考案され、
越後縮と呼ばれてたちまち有名になりました。
小千谷縮の中で、越後上布同様の手仕事によるものは、
重要無形文化財の指定を受けていますが、
今はほとんど生産されておらず、
機械紡績のラミー糸を高機や動力機で織っています。
精緻な絣柄が得意で、
付け下げや絵羽模様を織り出した訪問着などもあります。
からむし織(福島)
以前は会津上布と呼ばれていたからむし織は、
30年ほど前に織り始められた麻織物です。
その産地は福島県大沼郡昭和村です。
数百年間、越後に苧麻を供給し続けてきた土地で、
今では本州で唯一の苧麻の産地になっています。
からむし織は、土地の特産物である苧麻を用い、絣柄を手で括り、
手織りした平織りの麻織物です。
白地だけでなく薄茶など色地のものも多く、
絣柄は越後上布や紬に学びながら、現代的な感覚を持っています。
宮古上布(沖縄)
宮古島は沖縄本島から西南約300㎞にある島です。
ここで宮古上布が織られています。
宮古上布は、越後上布と並び称される盛夏用の高級麻織物で、
紺または白地の細かな絣の着物です。
その布は、蝉の羽のように薄いのですが、耐久性に優れ、
さらりとした肌触りが特徴です。
宮古上布は、今から四百年余り前、
天正十一年(1583年)に、
宮古の役人だった下地真栄の妻、稲石が綾錆布を織り上げ、
琉球王に献上したのが始まりです。
その後、琉球が薩摩に統治されるようになると、
久米島紬や大島紬同様、薩摩藩への上納布となりました。
島で栽培された苧麻の皮を剥ぎ、
指先で繊維を裂いて(手績み)一本の糸にする(手紡ぎ)のは越後上布と同じです。
絣糸の作り方は、大島紬のように締機(しめばた)を使い、
琉球藍で繰り返し染め上げます。
高機で細かい絣柄を織り、甘藷の糊に浸しては砧打ちを約三時間、
こうして蠟を引いたような艶と張りのある宮古上布が出来上がります。
八重山上布(沖縄)
八重山上布は、宮古島からさらに南西へ150㎞のところにある、
石垣島を中心とした八重山諸島で織られている麻織物です。
琉球絣を、藍や茶や赤褐色で織り出した八重山上布は、
白地のほか赤縞上布(縞という名前が付いていますが絣柄)と呼ばれるものもあります。
年に数回獲れる苧麻の手紡ぎ糸を緯糸に、経糸にはラミー糸を用い、
絣は手括りで、紅露(クールと呼ばれるヤマイモ科の植物の根茎)や、
琉球藍で摺込み捺染します。
織り上げた布は一日数時間ずつ一週間、天日で乾燥させた後、
海で布を晒し(海晒し)ます。
仕上げには砧打ちをします。
こうして出来上がった上質の反物の重さは500g程度と、
良いものほど軽いのです。
八重山上布は、十七世紀には上納布として盛んに織られていましたが、
第二次世界大戦後、しばらくは織り手がいないままになりました。
以後、ほそぼそと数人で続けられてきたこの八重山上布は、
平成元年に伝統的工芸品に指定され、
息を吹き返しています。
あとがき
暑い夏に、涼しげに着物を着てこそ着物通ですね。
盛夏に粋に着こなすおしゃれ着物『上布』は、
是非とも持っていたい着物のひとつです。
細かい手仕事ですから、
独特の技法を繋ぎ継ぐ人が少なくなっているようです。